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TNFD v1.0リリース~企業に求められるTNFD LEAPアプローチとは~
2023年9月にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)v1.0がリリースされました。 本記事では、TNFDとはなにか?また、その背景から具体的アプローチまで順を追って分かりやすく解説します。
所要時間:約5分
2023/09/18
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2023年9月にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)v1.0がリリースされました。 本記事では、TNFDとはなにか?また、その背景から具体的アプローチまで順を追って分かりやすく解説します。
所要時間:約5分
2023/09/18
TNFDとは、Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの略で、日本語にすると「自然関連財務情報開示タスクフォース」となります。企業や金融機関が自然や生物多様性と事業の接点に関する情報を適切に収集・評価し、開示することを推進するためのイニチアチブです。従来、気候変動に関するリスクと機会を評価し開示することを促すイニシアチブとしてTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)がありましたが、その生物多様性版ともいうべきものがTNFDです。
TNFDについては、2021年6月に設立されて以降、フレームワークのベータ版が複数回公開されており、2023年9月に最終版(1.0版)が発表されることとなりました。現時点(2023年9月)でTNFD開示が義務化されている国はありませんが、COP15ではTNFD開示の義務化が今後の目標の1つとして議論されており、プライム市場に開示が義務付けられているTCFD開示同様、今後義務化されていく可能性が高いとみられます。
なお9月に公開された1.0版で注目すべき点は、これまでベータ版で初期案として示されてきた指標や分析フレームワークが、タスクフォースチーム内の議論や公募されたフィードバックを踏まえて、どのように最終化されたのかという点です。これまで、業界特性を踏まえた新指標の追加や、初版ではゆるやかな記述のみに限定されていたステークホルダーへのインパクトの記載が詳細化されるなどの更新点がありました。
ネイチャーポジティブな未来に向けて
アクセンチュアが2022年にUNGCと共同で実施した「サステナビリティに関するCEO調査」では世界の128カ国・18業種の2,600人以上のCEOを対象に調査を行いました。そこで分かったのは生物多様性の保護は、民間企業の課題として低い水準にとどまるということ。生物多様性の保護と回復を優先事項と考えているCEOはわずか18%で、環境に関するイニシアチブの中では最下位でした。
しかし、生物多様性の減少は気候変動以上に深刻です。地球の限界を示すプラネタリーバウンダリーでは、気候変動がイエローゾーン「不安定な領域」なのに対し、生物多様性の損失(生物圏の一体性)は、レッドゾーン「不安定な状態を超えている」とされています。太古の昔より種の絶滅は生物現象としてありました。一番最近の大絶滅は白亜紀後期、恐竜の絶滅だといわれています。その時の絶滅速度は1年あたり10‐100種、それに対し現代は、1年に4万種が絶滅しているといわれており、桁違いの速度です。その原因は人間活動です。人口増加に伴い、エネルギーと物質の需要が膨大化し、不足分を化石燃料の採掘や農地開拓、乱獲などによって確保してきました。これらの活動が結果として現代の気候変動や生物多様性の損失につながってしまったのです。経済活動は、生態系の営みに大きく依存していることが分かっており、何等か自然に依存している活動を経済的に換算すると、世界の総GDPの52%に相当する44兆ドルに達するという試算※もあります。生物多様性の減少は1次産品をビジネスとする企業だけでなく、それらの資源を活用する製造業や小売業などバリューチェーン全体に影響を及ぼします。健康に活動できる気候や空気などの無形の資源も 、自然が循環機能を果たしているからこそ利用できます。
経済活動が自然に大きな悪影響を及ぼしていることも明らかになる中、すべてのビジネスにとって生物多様性の取り組みは喫緊の課題です。2030年までに生物多様性損失の流れを逆転させるためには、企業が生産や消費の在り方を総合的に変えることが求められ、この第一歩として有用なのがLEAPアプローチです。
※出典:World Economic Forum, Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy (2020)
「LEAPアプローチ」とは、開示に必要な情報を抽出していくためにTNFDが提唱するガイダンスです。開示内容の骨子であるリスク・機会を評価する4つのステップ「Locate」「Evaluate」「Assess」「Prepare」の頭文字をとって名付けられています。企業はこれらのステップを踏んで、自社にとって重要な自然を評価し、リスクを最小限に抑える取り組みを行う必要があります。
具体的なステップの前段階として、評価対象となる「スコープ選定」を行います。生態系に関する分析は幅広いため、最も重要な事業活動に絞り込むなどしてスコープを明確にすることで以降のステップの分析を進めやすくします。
ステップ1:Locate 場所の絞り込み
原料調達の最上流から消費までのサプライチェーン全体のフットプリントを地理的に特定する。当該地のうち、生物多様性保全の観点で優先して自社のリスク・機会を評価すべき地域を、以下の5つの軸で特定する。
生態系の完全性が急速に劣化している地域:生態系の構成、構造、機能が急激に劣化している地域ではないか
先住民族、地域住民、ステークホルダーへの利益等、生態系サービスの提供が重要な地域:生態系サービスに依存をして生活をしている人々がいる地域ではないか
自社の事業活動が存在する地域のうち、リスクが高い地域について詳細の分析対象とする。
現段階ではサプライチェーン最上流の生産地の把握をできている企業は少ないのが現状です。これを機にトレーサビリティの確立も必要になってくるでしょう。
ステップ2:Evaluate 自然の絞り込み
Locateで特定した優先地域のうち、自社のリスク・機会を優先して評価すべき、自然の状態と自社の依存・影響程度から、危機程度が高い自然を特定する。この際、現状の自然状態だけでなく、将来の自然負荷や外的要因の変化についても評価する。自然への負荷を評価する指標は産業別にTNFDが詳細に指定しておりフレームワークへの対応が特に重要となる。例えば、農業・食品関連産業においては、土地の改変面積や農薬・肥料の使用量、プラスチック容器の使用量等がその指標とされる。
ステップ3:Assess リスク・機会の優先度評価
Evaluateで特定した対象地域について、自然が劣化した場合に自社に生じうるリスクや機会を評価する。リスクについては大きく2つ、物理リスクと移行リスクが存在する。物理リスクとは、自社が事業活動に必要としている原材料がとれなくなる等の変化による影響を指す。後者は、人々の意識の変化により社会的にレピュテーションが下がることによる売上の減少等の変化による財務リスクを指す。機会のカテゴリは、資源の消費を減らし効率化する、新規市場を獲得するなど・資金調達コストの削減・レジリエンスの向上・評判の向上があげられる。各リスクの自社への影響を評価した結果、自社として優先的に取り組むべきリスク・機会を特定する。
ステップ4:Prepare 戦略・対策検討と開示
Assessで特定したリスク・機会をどのように自社の戦略に組み込むか検討する。そのうえで、採用する目標とその管理指標を開示する。この際、自社がサプライチェーンで関与する地域や企業におけるステークホルダーとの会話結果も開示が求められる。会話内容としてはLocate、Evaluate、Assessでの分析過程においてステークホルダー側の意見をどのように取り入れたか等の分析過程も含まれる。
企業が生物多様性・自然への負荷軽減に取り組むことは重要な経営課題です。しかし、現在の経営課題は多岐に渡るため、短期的に収益に直結しない取り組みは劣後してしまいます。生物多様性や自然に対する取り組みを推進するにあたり、TNFDフレームワークに沿った分析を単なる開示に向けた分析ではなく、新たな事業機会の種を見つけ出すきっかけとして活用していただくなど、中長期的な視座で取り組んでいただきたいです。
共同執筆者:ビジネス コンサルティング本部 サステナビリティ プラクティス 杉本美樹